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プージャ・スワミジ師を一年ぶりにお迎えに ~スワミジ師からのメッセージとは~

お盆が過ぎた8月の半ば、インドのプージャ・スワミジ師に米国からインド帰国の途、当目黒スタジオに立ち寄っていただきました。

昨年の8月、当協会にお立ち寄りいただいた後、ちょうど一年が経ちます。今回はお一人で、大変身軽な格好で来られました。
たった一泊でしたが、私共にヨーガの生き方を伝えるため、わざわざ立ち寄って下さったのです。
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いつものようにスワミジ師を囲んでのサトサンガ(集まり)は古代インドの知恵の結晶とも言える、シュローカ(神への祈り)からはじまりました。
シュローカの後、スワミジ師から力強いメッセージが泉のようにほとばしり出てきます。
今回は祈りの大切さ、そして祈りからすべてがはじまるということ、自宅の部屋に祈りのコーナーを設けなさい、そうすれば人生のコーナーに追い詰められないのです、といつものように大変わかり易く記憶に残るように話は進んでいきます。

祈りを習慣化することは大切だと思います。それによって、信仰心が養われるからです。

信仰心とは、何に対しての信仰でしょうか?
それは自他力的な、信仰と言えるでしょう。

ヨガでは本当の自分が真我であるという信念としての信仰心。
そしてもうひとつは、宇宙を創造した神というべき至高の存在への信仰心ということでしょう。

それは表裏一体で、ちょうどコインの表裏のようなものなのです。2つの信念の相乗によって、不動の心が養われるのです。
そして信仰心が養われるほど、愛の力、さらに愛の力から奉仕の精神が培われ、一人一人のその宝物によって、世界は平和になっていく、という話でした。

スワミジ師はかつて、祈りと信仰心について、マザー・テレサと心ゆくまで意見を交わしたとおっしゃっていました。
このような、循環の中にある、一貫した教えこそインドのヨーガの真髄と言えるのではないでしょうか?
その理由として、ものの原理に基づく自己保存の考えや行為から自己を否定し、心や体を超えた真我を実現していくという、ヨーガのゴールともなるべき道すじをわかり易く説いているからです。

今回、この祈りの話は今必要とされているかと思います。
ちょうど終戦記念日があり、お盆もすぎたばかりでした。
平和の祈りや、先祖への供養など、私たち日本人であれば何かしら祈りの気持ちを持ちたいと思う時期であったと思います。
特にこの夏は異常気象で猛暑が続き、その他新潟での地震など、いろいろな災害が続いています。

地球の存亡にまで不安を感じる今日の世相の中で、私たちは今一度、“祈り”こそ地球の存続を唯一可能にしてくれる道なのかもしれないということを知る必要があるのではないかと思います。
そのようなことを考えるきっかけをスワミジ師は作ってくれたのではないかと思います8月18日(土)の夜、サトサンガの翌日にスワミジ師を浜離宮にご案内しました。
日本の庭園の素晴らしさの一端にふれていただいたと思っています。
その後、早めに成田にむかい、お見送りいたしました。
出国の出口でお姿が見えなくなるまで、私たちは手を振り続けました。スワミジ師もいつまでも手を振り続けられ、お互いにしばしの別れを惜しみました。

風のように立ち寄られ、風のように去っていかれました。
姿が見えなくなっても、その場にはスワミジ師の温かいぬくもりが残っていたような気がします。