切り倒されるイチョウの大木、そして第6回チャリティーヨーガからのレポート
私事になってしまいますが、今、大岡山に住んでいます。この夏、自宅に隣接した空き地(多少緑が茂っていた)があっという間に、アスファルトの駐車場に変わってしまいました。
風が吹くとザァーと心地よく聞こえていた木々の葉のこすれる音もすっかり消えてしまい、さみしく思っていましたが、今度は、自宅の裏手にある病院の敷地内の大きなイチョウの木(おそらく樹齢3~400年と思われる)が、美しく黄色の葉に衣替えをすると思われる直前に、チェーンソーで瞬く間に丸裸にされてしまったのです。
間もなく大木の根元から切り倒されるかもしれません。坂道に面したこの大きなイチョウの木は今までは夏になると、道を歩く人々に涼しい緑の陰を提供してくれ、どれほど多くの人々の心身を安らかにしてくれたかわかりません。
かけがけえのない、しゃべることのない生命をもった多くの木々が、今、世界中で、このように沈黙のうちに、バッサバッサと切り倒されているのです。
人間の利便性のためにという一言で。。。

昔、山で木こり達は、木を伐採する時は、山の神様にお詫びし、お酒やお供えを木の根元において、十分に祈った上で、ノコをひいたそうです。
それは、木々に木霊という霊があり、山には山の神が住んでいると考えていたからです。
今では一部の人をのぞいては、誰もこのようなことを知っていませんし、考えてもみないでしょう。
人間特有の自己中心の考え、そして欲望というものは、限りないと言われています。
人間の欲望の充足のために、木を切り倒しても緑を奪っても、今の法律にふれることはないかもしれませんが、間違いなく後ほど私たちはその大きな代償を大自然から受けなければなりません。
そして、今、このような利便性追及における欲望の充足の積み重ねの結果、間違いなく、私たちを乗せた宇宙船地球号は滅亡の方向に向かっているのです。
この根本の原因はどこにあるのでしょうか。それはどうも<自己保存の原理>にもとづく、人間の自己中心的な物の考え方にあるようなのです。自分さえよければいいという<自己保存の原理>の考え方から、自己否定して他を生かすあるいは他に生きるという<拡散愛の原理>、つまりは共存共栄、そして共生の生き方に変えていかねば、決して人は幸せになれないとし、地球は生存できないと、ある優れたヨギは、諭してくれています。
もう時間に余裕はないようです。
人類中心から万類共生へと真剣に大きく舵取りの方向を変えていくことが、何においても最大の重要課題と言えましょう。
この課題に大きなヒントと道しるべを指し示してくれているのが、人に尽くし、自己中心の考え方を消していく、カルマヨーガ等、ヨーガの道であり、また日本神道のカンナガラの道にあると思います。
特にカンナガラの道では、人類中心ではなく、全ての自然と共生を目指した万類共存共生の考え方・生き方を私たちに示してくれています。
このカンナガラの思想や文化は、一体どこから来たのでしょう。神道家達は、そのルーツは日本語の言葉にあると言っています。
アイウエオの五大母音はじめ子音、父音を含めて、五十音等の響きには、ひとつひとつ意味があり、大変な力があるのです。それらを言霊と言っています。
宇宙の秩序を言霊そして数霊と言葉の響きや数の法則に見ているわけです。
今回のチャリティーヨーガでは、ワールドピースチャントと称して、平和への祈りを参加者一同、ローソクの炎を囲んで歌いながら、またアオウエイと五大母を7つのチャクラに合わせてチャンティング等を行いました。

言葉の響きの奥に言霊を感じ、言霊の内に宇宙の意思を少しでも感じ取られればと思い、みんなで実践しました。言霊にいくつもの実習法があるようです。このようにして、私たちは、試行錯誤しながら、古の知恵を実証、復活すべく、あくなき挑戦を続けています。
すなわちすでに埋もれた英知を、また、今まさに埋もれようとしている知恵を取り戻すための挑戦です。
この挑戦は、具体的に以下のことを目的としています。
人としての真の生き方を見つけるために、
自己を清めるために、
また
かけがえのないわが地球に、美しさを取り戻すために、
そして後に続く子孫が幸せに暮らせるように、
そのために、私達はヨーガを実践し続けていきたいと思っています。
今、私たちは、一人でも多くの方に、ヨーガを実践することの素晴らしさを伝えるため奮闘しています。
合掌