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生命を躍動させる春の息吹を感じつつ、ヨーガを味わう

~自然の大いなる力に感じる、プルシャへの目覚め~

いつの間にか、すっかりと暖かくなり、桜も美しく咲き始め、春、満開といったところです。
春は、生命の息吹、そして生命の躍動を感じさせてくれる、一年でもっともエネルギーに満ちた季節のように思えます。

風向きも変わり、そよ風が心地よく吹きぬけ、空をはじめすべてのものが明るく輝いているように見えます。
あの大きな老木の桜の木からも新しい芽がほころび、つぼみが膨らみ、美しい花が凛と開きます。
寒い冬の後、春は再生の力として私達に生きていく希望と確信の力を与えてくれます。

日頃、心身ともに気が充実している人も少し気が停滞している人も、この春の息吹によって再び力強くに蘇生していきます。
再生の力や、再生のエネルギーが声無き声として聞こえてくるような気がします。

万物はすべて「変化」しつつ、常に「流転」し「循環」していきます。

毎年、毎年、春になると、桜が、また美しく花を咲かせてくれます。そして、この「変化」、「流転」、「循環」の背景には、万物を「変化」、「流転」そして「循環」せしめる大いなる力の存在がひしひしと感じられます。

変化しない永遠の力こそ、万物を「変化」、「流転」、「循環」させる力の原動力と言えるのではないでしょうか?

桜のつぼみを大きく膨らませ、美しく花開かせる力は、また美しい花を落とし、青々とした若葉に変えていく力でもあります。一時も休まず、働き続ける力なのです。

目に見える変化していくものと、目に見えない変化せしめる大いなる力。この2つの力を肉眼と心眼でながめた時、この大自然の不可思議とも言える大いなる力に触れたような気がします。

そして大自然をつらぬく、この2つの働きが、この自分という肉体にも一貫していることがよくわかります。日々、大自然の変化の相と、共に変化している自分の体、心や気分というものと、その背景にあって、それらを変化せしめるところの変化しない自分の存在とを。

変化していく体、心や気分は、一つの現象や物体であり、サーンキャヨーガでは、プラクリティ(根本原質)と言っています。
そして、それら体、心や気分、そしてあらゆる万物を眺める立場にある真の自分を真我(プルシャ)と言っています。

プラクリティに意識が引っ張られて、真の自分(真我)の存在に気づかなくなった時、私達の物や現象への執着が始まり、ひいては悩みや苦しみが始まっていくと、ヨーガでは言っています。

現象にとらわれることなく、現象をありのままに見るためには、それらをこえて、現象の背景にある大いなる力、そして、真我というものの存在を感じ取ることが必要なのです。

美しい自然の妙なる姿をめでつつ、その背景にある「変化」、「流転」そして「循環」を演出している永遠の大いなる力の存在をひしひしと感じ取ることは、実は自然との対面の姿であると同時に、プラクリティにひっぱられすぎないで、プルシャへの目覚めのための生きる知恵なのです。

この智恵こそ、ヨーガの自然の姿なのかもしれません。

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